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金沢市

 
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金沢の文化的魅力発信

 金沢市では、昭和48年に、郷土の文豪・泉鏡花の生誕百年を記念し、鏡花の功績を讃えるとともに、「文化の地方分権を」、「金沢から文化の発信を」との熱い想いを込め、泉鏡花文学賞を制定しました。全国に広がった地方文学賞のさきがけであり、多くの優れた作家を生み出すとともに、幾多の文学賞の中でも、極めて高い評価を得ています。
 この泉鏡花文学賞受賞作家による書き下ろしエッセイを紹介し、金沢の新たな文化的魅力を発信します。

泉鏡花文学賞受賞作家によるショートエッセイ

『泉鏡花文学賞のご褒美』  小川 洋子

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小川 洋子

 今でも、二〇〇四年、『ブラフマンの埋葬』で第三十二回泉鏡花文学賞をいただいた時の、授賞式の思い出は、私にとって大事な記憶として鮮やかに残っている。
 何より、授賞式のためにサンダーバードに乗り、金沢まで行けるのがうれしかった。旅がプラスされることで、賞を頂戴した喜びに、遠足のわくわくした気分が重なって、いっそう胸が高鳴った。金沢駅を出て見上げる空の色、浅野川と犀川の流れ、橋のたたずまい、川沿いの小道の風景、そこかしこに鏡花文学の気配が漂い、これまで本の中で味わっていた空気がまさにここにある、という感じだった。鏡花文学と土地の結びつきを実感できたこと、まずそれが私にとっては賞のご褒美と言ってよかった。
 授賞式の雰囲気は、東京の出版社が主催する文学賞とはどこか違っていた。もっとアットホームで、素朴で、だからこそ運営に携わっておられる方々の、鏡花を誇りに思うお気持ちが真っすぐに伝わってくるようだった。賞の伝統を守り続けてきた自負と、遠くからやって来た受賞者をおもてなししようという心遣いが、会場の隅々にまで行き渡っていた。
 そして式の中で私が最も感動したのは、金沢市内の高校生たちがプレゼントしてくれた、合唱だった。どこにスタンバイしていたのか、学生服姿の彼らが静かに入場し、定位置に着き、第一声が響いた瞬間、なぜだか涙が込み上げてきた。あまりに予想外の反応で、自分でも慌ててしまった。歌詞を聴き取って感動する間も、メロディーに酔う間もない、一瞬の出来事で、ただもう涙が流れるままに任せるしかなかった。
 曲は『大地讃頌』と、五木寛之さん作詞の『浅野川恋歌』だった。高校生たちは皆、一生懸命歌っていた。しかも他ならぬ私のために歌ってくれているのだ。彼らの若々しく愛おしい声がいくつも重なり合い、私の心を震わせていた。自分がまだ小説など書こうともしていない遠い日、それどころか言葉も喋れず、言葉ではない何かで世界のありように耳を澄ましていた幼い頃の記憶が揺さぶられ、呼び覚まされるような、ダイナミックな感動がそこにはあった。
 何というご褒美だろうか。はっきり言って、他の文学賞のどんな賞品よりも、金沢の高校生たちの歌声の方が、ずっと素晴らしかった。今でも泉鏡花の名を目にするたび、彼らの歌声が蘇ってくる。何かの折り、鏡花文学賞の話題が出ると必ず、「とてもいい賞ですよ。高校生たちが合唱してくれるんですよ」と、熱く語っている。
 あの時の彼らも、もうとっくに学校を卒業し、社会に出ているだろう。今でも、歌をうたっているのだろうか。もしかしたら、授賞式で合唱したことなど忘れているかもしれない。しかし私の耳には、決して消えない歌声がずっと響き続けている。
 もう一つの、賞品以上のご褒美は、授賞式の翌日、用意されていた。泉鏡花記念館、茶屋街、兼六園、金沢城公園、と名所を観光している途中、何度も、すれ違う方から「鏡花文学賞の受賞おめでとうございます」と声を掛けていただいたのだ。「昨日のテレビのニュースで観ました」とおっしゃる方もいらした。
 見知らぬ方々からのお祝いの言葉は温かかった。この文学賞がどれほど深く町に浸透し、市民の皆さんに支援されているか、証明しているような出来事だった。そういう賞を自分は頂戴したんだなあと、改めてありがたい気持になった。
 人々が何度となく、泉鏡花の名前を口する。鏡花、鏡花と繰り返す。それだけでも文学賞の存在意義は大きいと思う。もちろん文学は読まれなければ何の意味もないのだが、生活の中にごく自然に小説家の名前が溶け込み、人々がまるでその作家の遠い親戚であるかのような、幸福な錯覚に浸れるというのも、文化の豊かさを示す一つの証拠になるだろう。
 こんなふうに地元の人々に大切にされている泉鏡花は、幸せな作家だ。作品が愛され、文学賞に名を残し、その賞自体がまた愛される。町と文学がここまで密接に良好な関係を結んでいるのは、珍しい例ではないだろうか。
 実は私のふるさと岡山市には、内田百閒文学賞がある。一九九〇年、百閒の生誕百年を記念して作られたものの、途中、財政難で休止したり、規模を縮小したりで苦戦を強いられながら、どうにか頑張っている。私も微力ではあるが、選考委員として協力している。
 内田百閒文学賞が、いつか泉鏡花文学賞のような賞に成長できればいいのに、と私は密かに夢見ている。地方都市が主催する文学賞の一つの理想として、鏡花文学賞を仰ぎ見ている。
 賞の在り方は時代とともに移り変わってゆくだろう。しかし、授賞式での合唱。この伝統だけはずっと守り続けていただきたい。受賞者を代表して、切にお願いする。
 

小川 洋子(おがわ・ようこ)
 略歴
 昭和37年(1962) 岡山市生まれ
 昭和59年(1984) 早稲田大学第一文学部文芸科卒業
 昭和63年(1988) 『揚羽蝶が壊れる時』で海燕新人文学賞受賞
 平成3年(1991) 『妊娠カレンダー』で第104回芥川賞受賞
 平成16年(2004) 『博士の愛した数式』で第55回読売文学賞、第1回本屋大賞受賞
            『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞受賞
 平成18年(2006) 『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞
 平成24年(2012) 『ことり』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞
 平成25年(2013) 早稲田大学坪内逍遙大賞受賞 

   著書 
 『猫を抱いて象と泳ぐ』、『原稿零枚日記』、『人質の朗読会』、『最果てアーケード』、
 『いつも彼らはどこかに』、『不時着する流星たち』など多数

※無断転載は固く禁じます。

問い合わせ先

文化スポーツ局 文化政策課
電話番号:076-220-2442
FAX番号:076-220-2069
bunshin@city.kanazawa.lg.jp

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