江戸(えど)時代、江戸幕府(ばくふ)が江戸の大名火消し(だいみょうひけし)の組織(そしき)を作るように命じたのを受けて、加賀藩(かがはん)の5代藩主(はんしゅ)綱紀(つなのり)が、江戸本郷(ほんごう)上屋敷(かみやしき)にあった防火隊(ぼうかたい)の規模(きぼ)を大きくして作った消防組織(しょうぼうそしき)を加賀とびといいました。
目立つ服装(ふくそう) といせいの良さ、見事な火消し活動で、江戸の名物になりました。加賀とびはしご登りは、火事のときに高いところからまわりの状況(じょうきょう)を見回し、消火活動を助けたのが始まりです。明治時代になって江戸の藩屋敷(はんやしき)にいた、加賀とび38人が金沢にうつり住み、加賀とびの技(わざ)が今日に伝えられました。出初め(でぞめ)式や百万石まつりのパレードで披露(ひろう)されています。
加賀とびはしご登りは、金沢市の無形民俗文化財(むけいみんぞくぶんかざい)に指定されています。金沢市では、加賀とびはしご登りの歴史や技を学ぶ場として、小学校4年生から6年生を対象に、金沢子どもはしご登り教室を開いています。
|