西暦 (せいれき) | 和暦 (われき) | 主なできごと |
紀元前 約5000年 | | 縄文(じょうもん)土器を作り、竪穴式(たてあなしき)住居(じゅうきょ)に住む(北塚遺跡(きたづかいせき)、チカモリ遺跡、東市瀬(ひがしいちのせ)遺跡 |
紀元前後 のころ | | 稲作(いなさく)が始まる(梅田B遺跡) 金属(きんぞく)器の使用が進む(塚崎(つかざき)遺跡) |
300年 〜400年 | | 古墳(こふん)を作りはじめる(おまる塚(づか)古墳、びわ塚古墳、おちん山古墳) |
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| (天平(てんぴょう)20年) | 越中(えっちゅう)の国司(こくし)大伴家持(おおとものやかもち)が能登(のと)をまわる |
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| (弘仁(こうにん)14年) | 越前(えちぜん)の国からわかれて加賀(かが)の国ができる |
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| (長享(ちょうきょう)2年) | 加賀の守護(しゅご)富樫政親(とがしまさちか)が一向一揆(いっこういっき)にほろぼされる |
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| (天文(てんぶん)15年) | 金沢御坊(かなざわごぼう)が建てられる |
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| (天正(てんしょう)8年) | 佐久間盛政(さくまもりまさ)が金沢御坊をせめ落とす |
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| (天正11年)
| 前田利家(まえだとしいえ)が金沢城(かなざわじょう)に入城する |
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| (天正16年) | 前田利家が加賀・能登で刀狩り(かたながり)を行う |
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| (文禄(ぶんろく)元年) | 金沢城が修築(しゅうちく)され、石垣(いしがき)が完成する |
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| (慶長(けいちょう)15年) | 金沢城の外堀(そとぼり)が完成する |
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| (寛永(かんえい)9年) | 板屋兵四郎(いたやへいしろう)が辰巳(たつみ)用水を完成させる |
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| (寛永15年) | 幕府(ばくふ)が一国一城(いっこくいちじょう)の制(せい)を決め、加賀・能登では金沢城だけになる |
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| (寛永20年) | 金沢城内に東照宮(とうしょうぐう)(尾崎神社(おざきじんじゃ))ができる |
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| (元禄(げんろく)2年) | 松尾芭蕉(まつおばしょう)が金沢に来る |
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| (元禄10年) | 金沢で人口調査(ちょうさ)が行われる(人口68,636人) |
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| (寛政(かんせい)4年) | 藩校(はんこう)の明倫堂(めいりんどう)、経武館(けいぶかん)ができる |
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| (文化4年) | 青木木米(あおきもくべい)が金沢に来て、春日山で窯(かま)を開く |
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| (文政(ぶんせい)5年) | 前田斉広(まえだなりなが)が竹沢御殿(たけざわごてん)を建て、その庭が兼六園(けんろくえん)と名付けられる |
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| (慶応(けいおう)3年) | 卯辰山(うたつやま)に養生所、撫育所(ぶいくしょ)が開かれる |