1945年(昭和20年)第2次世界大戦が終わりました。 日本は平和国家として再(さい)出発しました。金沢は、戦争の被害(ひがい)は受けませんでしたが、食べ物や生活に必要な物は、他の地域(ちいき)と同じように不足していました。今の彦三(ひこそ)通りや昭和町のあたりでは、警察(けいさつ)に見つからないように、統制品(とうせいひん)(値段(ねだん)や、配られる量が、国によって決められている物)が、売られていました。これを、ヤミ市といいます。
戦争の被害を受けていなかったので、政府(せいふ)の援助(えんじょ)が受けられないなど多くの問題がありました。しかし、繊維(せんい)産業や美術(びじゅつ)工芸を中心に、町がふたたび活気づくのも早かったようです。
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