本文へジャンプ
 

金沢市

 
  • ENGLISH
  • 中文
  • 한국어
  • OTHERS
文字を拡大する文字を標準にする文字を縮小する
  • よくある質問 
  • 読み上げ・拡大(ホームページ閲覧補助ソフト) 
  • サイトマップ 
  • サイト内検索
観光トップへ
現在位置:トップの中の観光情報の中の文学のまち金沢から金沢の文化的魅力発信
印刷用ページを表示する
 

金沢の文化的魅力発信

 金沢市では、昭和48年に、郷土の文豪・泉鏡花の生誕百年を記念し、鏡花の功績を讃えるとともに、「文化の地方分権を」、「金沢から文化の発信を」との熱い想いを込め、泉鏡花文学賞を制定しました。全国に広がった地方文学賞のさきがけであり、多くの優れた作家を生み出すとともに、幾多の文学賞の中でも、極めて高い評価を得ています。
 ここでは、泉鏡花文学賞の受賞作家が金沢をテーマに書き下ろしたエッセイを紹介し、「文学のまち金沢」の新たな魅力を発信します。
 

泉鏡花文学賞受賞作家によるショートエッセイ

『幸福な目移りを許す街』 山田 詠美

yamada
山田 詠美

 私が金沢市主催の泉鏡花文学賞を受賞したのは、1996年のこと。しかし、いただいた賞の華やかな重みに、緊張のあまりほおっとしてしまい、金沢という街の魅力を味わう術もないまま、授賞式に出席した翌日、慌ただしく東京に戻ったのでした。
 あの時は、受賞の喜びもさることながら、北國新聞に載った私のエッセイを読んで、小学一年生の時の担任だった堀ふみ先生が、わざわざ会いに来てくださった感激がとても大きかった。実は、私は、父の転勤で幼い頃、ほんの短い間でしたが、加賀市大聖寺に住んでいたことがあるのです。・・・(続きはこちらをクリック)
 

『文化を呼吸する町・金沢』 寮 美千子

ryo
寮 美千子

 金沢と深いご縁を得たきっかけは、2005年の第33回泉鏡花文学賞の受賞だった。それまでも金沢は何度か訪れ、すてきな町だとは思っていたが、その真価を知ったのは、この賞がきっかけだった。授賞式は、わたしが50歳の誕生日を迎える前日。スピーチをせよと事前に市から言われていたが、なんと30分間もある。慌てた。何を話したらいいのか。人様に演説できるような何物もないから、自分で自分をネタにするしかない。
 31歳で「毎日童話新人賞」を受賞して作家デビュー以来、絵本、童話、そして小説も上梓してきた。しかし、一度も「文学」として扱われることがなかった。子どもを主人公にすると、自動的に「児童文学」に分類されてしまうから。もどかしかった。そこで、一念発起、初めて大人を主人公とした作品を書いたのが『楽園の鳥—カルカッタ幻想曲』。・・・(続きはこちらをクリック)

『なつかしい金沢』 金井 美恵子

kanai
金井 美恵子(御堂義乗撮影)

 のっけから金沢男子の悪口になって少しばかり気が引けるのですが、泉鏡花の大正四年に書いた随筆の中の「加賀ッぽ」に雑口を浴びせている文章を引用します。
 「加賀の人間は傲慢(ごうまん)で、自惚(うぬぼ)れが強くて、頑固で分(わか)らず漢(や)で」ことに士族などときては、「その悪癖が判然と発揮されて、吾々町人共はまるで人間とも思わないと云ったような傲慢不遜(ふそん)な態度の不可好(いけす)かない特性は、同郷人たる私でさえ嫌で仕方がない。(中略)それに百万石だぞと云った偉(え)らがりが、今日でもその性格の奥に閃(ひら)めいているのが、何よりも面白くないと思う。」・・・(続きはこちらをクリック)

『鏡と、水のはたて』 長野 まゆみ

nagano
長野 まゆみ(講談社/金栄珠)

 台風がとおりぬけた朝、テレビ画面に水没する新幹線が映しだされ、北陸新幹線の車両基地だと伝えている。十日後に金沢へ出かける予定だった。切符も買ってある。「北陸新幹線に乗れない」と気づいて駅へ走った。日程の変更はできないので、ルートを変える。
京都経由で、特急に乗りかえて金沢へ行くことにした。窓口で「米原経由ではなく?」と訊かれ、「はい、京都で」と答える。胸のうちでは「サンダーバードに乗って琵琶湖をながめたかったので」と理由をのべている。鳥好きとしてはその特急が「雷鳥」という名称で、雪白のライチョウを描くヘッドマークをつけていた当時に乗りたかったのだが、きっかけがなかった。百閒先生のように阿房列車を運行する才もなく。・・・(続きはこちらをクリック)

『金沢おでんの誘惑』 嵐山 光三郎

arashiyama
嵐山 光三郎

 金沢へ行き、なじみの居酒屋のカウンターで酒を飲んでいると、デイパックをかついだヨーロッパ系青年が入ってきて「オデン、オデーン」と言った。一緒にいた金沢在住の新聞記者が応対すると「金沢おでんの店を教えてくれ」とのことだった。記者氏は紙に地図を描いて近所のおでん屋二、三軒を教えた。おでん屋はどこも満員で、すぐに入れるか、行ってみなければわからない。
 昭和四十三年、結婚したばかりのカミさんを連れて金沢を訪れた。大雪が降って、金沢の町はどこもかしこも銀世界であった。兼六園の霞ヶ池や、金沢城の石川門、長町武家屋敷といった定番のコースを歩き、日が暮れたころ小さなおでん屋に入った。板葺(ぶ)きの屋根に石を乗せた店構えで、店へ入るとおでんが煮える匂(にお)いにつつまれた。・・・(続きはこちらをクリック)

『雨の金沢、月曜日の美術館』 中島 京子

K.Nakajima
中島 京子

「そんな、あんた、傘も持たんで」
 タクシーの運転手さんが、呆れた。
 晴天に気をよくして天気予報などすっかり忘れ、にしの茶屋街を散策していたら、ぽつりぽつりと降り出して、車を拾おうと大通りに出たところで、雨はザーッと音を立て始めた。
 慌ててトタン屋根のついた駐車場に駆け込んで流しのタクシーを待つが、なかなか来ない。雨脚は強まるばかりだ。ようやくつかまえた一台に乗り込んで、ハンカチで頭やら腕やらの雨を拭っていると、冒頭の言葉が出たのだった。
 数分も乗らないうちに小降りになってきて、運転手さん、こんどはのんびりした声で、
「さっき乗ったころが、いちばん降ってたんやないかなあ」
 と言った。そう言ううちにも晴れ間が出た。・・・(続きはこちらをクリック)

『天空の激変とまちの規模』 村松 友視

muramatsu
村松 友視

  金沢が、その特徴的な天空のけしきの変化と、天の配剤ともいうべき絶妙なまちの規模の組合せによってなりたっていることを、ある時期から強く感じるようになった。
 金沢では、晴、曇、雨、風、霰(あられ)、雹(ひょう)、霙(みぞれ)、雪、雷など一年じゅうの天気を一日のうちに味わうことができる・・・と、金沢の友人に自慢げに言われ当初は首をかしげたが、何度か金沢へ通いつめた今となっては、その言葉にはうなずかざるを得ぬ気分になっている。・・・(続きはこちらをクリック)

『薔薇の肌触り』 千早 茜

chihaya
千早 茜

 小説家というなんとなくぼんやりとした仕事をしていますが、私自身は原因と結果を意識して行動するタイプで、運命や縁などという言葉を自主的に使うことはあまりありません。
 けれど、金沢のこととなると「縁がある」という表現がぴったりなように思われます。
 まずは、妹が住んでいるということ。そして、二〇〇九年に『魚神(いおがみ)』で第三十七回泉鏡花文学賞をいただいたこと。
 『魚神』は私のデビュー作でした。初めて書いた長編小説で小説すばる新人賞をいただき、念願の小説家になってまだ一年も経たないうちに、泉鏡花文学賞を受賞したとの報せを受け取りました。・・・(続きはこちらをクリック)

『泉鏡花文学賞のご褒美』 小川 洋子

ogawa
小川 洋子

 今でも、二〇〇四年、『ブラフマンの埋葬』で第三十二回泉鏡花文学賞をいただいた時の、授賞式の思い出は、私にとって大事な記憶として鮮やかに残っている。
 何より、授賞式のためにサンダーバードに乗り、金沢まで行けるのがうれしかった。旅がプラスされることで、賞を頂戴した喜びに、遠足のわくわくした気分が重なって、いっそう胸が高鳴った。金沢駅を出て見上げる空の色、浅野川と犀川の流れ、橋のたたずまい、川沿いの小道の風景、そこかしこに鏡花文学の気配が漂い、これまで本の中で味わっていた空気がまさにここにある、という感じだった。鏡花文学と土地の結びつきを実感できたこと、まずそれが私にとっては賞のご褒美と言ってよかった。・・・(続きはこちらをクリック)

問い合わせ先

文化スポーツ局 文化政策課
電話番号:076-220-2442
FAX番号:076-220-2069
bunshin@city.kanazawa.lg.jp

より良いウェブサイトにするために、このページのご感想をお聞かせください。