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現在位置:トップの中の観光情報の中の文学のまち金沢から金沢の文化的魅力発信⑦
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金沢の文化的魅力発信⑦

『なつかしい金沢』  金井 美恵子

金井 美恵子
金井 美恵子(御堂義乗撮影)

 のっけから金沢男子の悪口になって少しばかり気が引けるのですが、泉鏡花の大正四年に書いた随筆の中の「加賀ッぽ」に雑口を浴びせている文章を引用します。
 「加賀の人間は傲慢(ごうまん)で、自惚(うぬぼ)れが強くて、頑固で分(わか)らず漢(や)で」ことに士族などときては、「その悪癖が判然と発揮されて、吾々町人共はまるで人間とも思わないと云ったような傲慢不遜(ふそん)な態度の不可好(いけす)かない特性は、同郷人たる私でさえ嫌で仕方がない。(中略)それに百万石だぞと云った偉(え)らがりが、今日でもその性格の奥に閃(ひら)めいているのが、何よりも面白くないと思う。」(「自然と民謡に─郷土精華(加賀)」『鏡花随筆集』吉田昌志編岩波文庫)
 百万石の大藩だけに、自惚れ方が一段と強かったこともあるでしょうが、鏡花の生きていた時代には、どこの藩の出であれ士族は「偉(え)らがり」の態度をとっていたでしょう。
 同じ金沢出身の室生犀星の故郷に対する屈折した愛憎にも士族という身分制度がかかわっているのですが、鏡花も犀星も、女性的なものの側から士族的な傲慢不遜な差別を、激しい嫌悪感でもって、その俗悪さを強調します。優美なたおやめの靱(つよ)さと弱さを美しい文章にするのですが、何しろ古風なので沢山の人々に読まれるものではないのかもしれません。
 それにつけても寒くなった頃、金沢から取りよせた五郎島金時と加賀蓮根を食べながら、つくづく思うのは、若い頃はヒクチコやカラスミの珍味系は渋すぎておいしさがわからず、香箱ガニのグラタンが大好きだったなあ、と言うことで(今でも好きですが)、それよりも淡い甘さを持った加賀蓮根を料理したあれこれをしみじみおいしいと思うようになったのは、もちろん年のせいです。鏡花の小説の世界の魅力も年と共に理解が深まったのと同じことでしょう。
 蓮根といえば、犀星の娘の朝子がエッセイに、犀星が蓮根(すりおろした物を平にして焼いた蓮根餅)とバラちらしのおすしが嫌いでにおいをかぐのもいやがるものだから、いかにも加賀らしいこの二つの料理を食べるのは留守の時に限られていたと書いていたのを思い出しましたが、加能ガニの小ぶりなメスに香箱ガニと名付けたのは犀星だと何かで読んだことがあるから、故郷の食べものを嫌ったというわけではないようです。
 鏡花賞第二十回目の記念すべき回(平成四年)に受賞者として招かれた時、どういう経緯でそうなったのか、当時文芸雑誌「すばる」の編集長だった石和鷹氏(十七回『野分酒場』で受賞)に誘われて、金沢市役所文化課の熟年男性と三人でお酒を飲みに行くことになりました。石和さんの酒飲みの鋭いカンで、市役所の男性が居心地の良いおいしい居酒屋を心得ている人物だということがピンときたのでしょう。二十八回目に選考委員をおひき受けした時には、もうその男性は文化課にはいなかったのですが、案内してもらった店のおでんの味(金沢のおでんのあのこうばしい香りはいしるいしりが使われているのだと思います)と共に忘れられないのが、彼が、自分はやもめで家で一人で飲む晩酌にさかなはフグの卵巣のぬかづけがあったら、もう本当に幸福なのだと、本当に幸福そうな表情で言い、石和さんが真面目な顔でうなづいていた中年男二人の酒場での不思議に静かな共感の空間の雰囲気──こちらが入りこめないような──を思い出します。
 鏡花の嫌う偉らぶった「加賀ッぽ」も、金沢に今でもいるのでしょうが、冬の寒い日が続いて、霰がふったりすると、石和さんと市役所の男性のことを思い出します。そして、そうだ今日はおでんだな、と思うのです。フグの卵巣のぬかづけは苦手なのですが──
 そしてもう一つ、書いておきたいものがあります。いかにも鏡花の世界のものだと思いながら、時間におわれる滞在のせいでまだ見る機会のない、子育ての守護神・鬼子母神を祀る金沢の真成寺の「百徳(ひゃくとく)」です。子供の成長祈願が成就したお礼参り奉納された子供の着物で、子供が丈夫に育っている家や長寿の年寄りのいる家から小さな端切れをもらい集めて、丹念に丹念にはぎあわせて綴った小さな着物は、目を見張るような鮮やかな色彩です。四、五年前に『背守り─子どもの魔よけ』というLIXILギャラリーのブックレットで見たのですが、加賀友禅の優雅なはなやかさに比べ、つつましい楽しみと辛抱強い針仕事で出来た子供の魔よけを願った手仕事は、いわゆるハレとは別の、いかにも親密な魅力的な力を持っています。
 大人の着物の背中のはぎあわせた縫い目には、背後から忍び寄る魔を防ぐ霊力が宿るとされていたのですが、身幅の狭い一つ身の子供の着物には背縫いがないので、その変りの魔よけとして飾り縫のお守りをつけたのが「背守り」です。
 鏡花の作品の中に具体的にこの背守りが出て来るかどうか、不勉強な私は知りませんが、この言葉の暖かなひびきといい、きれいな針目で優しく縫った糸目といい、背守りの写真を見ただけでも、鏡花の作品世界が背守りにしっかりと守られていて、この世とは別の魔の世界のものまでが味方をしているという気がしてくるのです。鏡花の父方の祖母の実家が、釣鉤と縫い針で有名な目細屋であるのも、背守りとの関連が深そうな気がします。
 私にとって金沢はどうしても泉鏡花と泉鏡花賞とのつながりを通して深々とした魅力をたたえる、なつかしい町なのです。
 
 


金井 美恵子 (かない・みえこ)
群馬県生まれ。高崎高女卒業。第8回現代詩手帳賞を受賞し、『タマや』で第27回女流文学賞を受賞。『プラトン的恋愛』で第7回泉鏡花文学賞を受賞。著書に『岸辺のない海』、『文章教室』、『スクラップ・ギャラリー 切りぬき美術館』、『カストロの尻』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞、『金井美恵子エッセイ・コレクション全4巻』、詩集『花火』など多数。泉鏡花文学賞選考委員。

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問い合わせ先

文化スポーツ局 文化政策課
電話番号:076-220-2442
FAX番号:076-220-2069
bunshin@city.kanazawa.lg.jp

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