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現在位置:トップの中の観光情報の中の文学のまち金沢から金沢の文化的魅力発信⑥
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金沢の文化的魅力発信⑥

『鏡と、水のはたて』  長野 まゆみ

nagano
長野 まゆみ(講談社/金栄珠)

 台風がとおりぬけた朝、テレビ画面に水没する新幹線が映しだされ、北陸新幹線の車両基地だと伝えている。十日後に金沢へ出かける予定だった。切符も買ってある。「北陸新幹線に乗れない」と気づいて駅へ走った。日程の変更はできないので、ルートを変える。
 京都経由で、特急に乗りかえて金沢へ行くことにした。窓口で「米原経由ではなく?」と訊かれ、「はい、京都で」と答える。胸のうちでは「サンダーバードに乗って琵琶湖をながめたかったので」と理由をのべている。鳥好きとしてはその特急が「雷鳥」という名称で、雪白のライチョウを描くヘッドマークをつけていた当時に乗りたかったのだが、きっかけがなかった。百閒先生のように阿房列車を運行する才もなく。
 京都を発って、琵琶湖の湖畔をゆく。詩人の吉増剛造さんが京都を旅する映像詩を観たのは、ちょうど一年前のこと。そのナレーションによれば、京都の地下には琵琶湖の水量に匹敵するほどの水がある。私はこのたびはじめて琵琶湖を目にする。それは予想以上にひろかった。古人はこの湖面のかたちが琵琶に似ているから琵琶と名づけた、というが、いったいどこから全貌を見たというのだろう。
 東京から五時間半かけて、金沢についた――北陸新幹線ならば三時間半なのに。荷物をあずけ、二〇一九年の夏に開館したばかりの《谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館》へ出かけた。城下町の風情をのこす古都金沢は、いっぽうで《二十一世紀美術館》をはじめとする現代建築の街でもある。今回はその、モダン建築を観る旅だ。
 東京の住人である私には、谷口吉生氏が設計した葛西臨海公園の建築群がなじみ深い。はじめてその建物を目にしたのは真夏だった。真っ白な日盛りの広場のはてに、ガラスの箱がある。それは臨海公園のゲートで、開口部から水平線がみえる。まぶしさの先のうっすらと青い線が目に沁みた。
 ほとんどの人はこの建物に滞在することなく、まっしぐらに水族館をめざしてゆく。だから、ゲートの二階へのぼったときにはだれもいなかった。空調の音だけがかすかに聞こえ、ガラスごしの青空にかこまれている。透かし見る青と、映りこむ青がまじりあう。遠く都心のビル群がみえる。なんて贅沢な空間なんだろう、と思った。その細長く白い床のはてに海がよこたわる。
 高層ビルやタワーマンションのように〈ハイ・ライズ〉こそ現代的とする風潮にさからって、ひららかな空間は海をわたって水平線に接続する。金沢建築館でも建物は通りに面して横へのびてゆく。垂直を目ざさないことは、もはやこのうえない贅沢でもある。
 古風な邸宅ならば、縁先に月を映す水鏡があることを涸れ山水でたとえるが、この建築館では意図的に水の庭となっている。しかも、そこは二階であり、眼下に犀川河岸をのぞむ。露台のごとく張りだす水面は寒天でもあるかのように静まり、縁から滴る水音ひとつ聞こえない。
 微風でかすかにゆれるものの、水がこぼれおちる気配はない。この日は曇天で、映しだされるのは暗い雲ばかりだったが、だからこそ、水の底に沈む景色も謎めいていた。
 地階の展示フロアでは、谷口吉郎の初期から晩年までの作品群をたどる開館記念特別展がひらかれていた。谷口吉生の父であり、モダニズム建築をこの国で実践した最初の人でもある。「打ちっぱなし」コンクリートの構造物による美をつくりだした。
 つづいて、《鈴木大拙館》へ向かう。谷口吉生の設計に特徴的な、面と垂直線との対比が見どころとなっている。思ったとおり、ここはヨーロッパ系外国人の見学者が多い。フランス語でささやく人たちのかたわらをぬけて、細く長く閉じた廊下をゆく。そこは〈内部〉を意識するようにつくられている。通りぬけたさきに「水鏡の庭」と名づけられた水辺がある。
 水面とほぼおなじ平面にある回廊と、坐して考えるための思索空間がもうけられている。だが、落ち着きのないわたしはウロウロと歩く。小雨が降りしきり、水面は水の輪でにぎわう。自然現象であるのに人工的な同心円のつらなりに目をうばわれる。そこへ、突如として水音がひびいた。
 ――生物の気配のない水辺なのに?
 雨粒がつくる水の輪とはちがう波が起こり、扇型の波となって――Wi-Fiのマークにも似て――水鏡にひろがった。それは静寂への機械的な介入なのだ。しかし、テーマパークとちがい、ここでは妖精も魔物もあらわれない。そのかわり、波紋になにを見てもかまわない。
 わたしたちの日常が、時間で区切られていることを意識するための、あるいはその時間から逃れ得ないことを納得するための装置。
 翌日は、《金沢海みらい図書館》へ出かけた。これまでの金沢訪問では、市の中心部から遠すぎて足をのばせなかったところだ。港方面へ向かう路線バスに乗り、しばらく走った。海の気配はするものの、まだ海など見えない停留所で下車した。
 真っ白な穴あきチーズのような建物である。設計は堀場弘+工藤和美/シーラカンスK&H。本の虫は自分のからだとおなじ幅の孔を穿つ、ということをなんとなく思いだした。パンチングウォールという工法で、六千個のガラスブロックを打ち込んであるそうだ。
 入口へ向かう足もとに、菫が咲いている。――十月末なのに。目をこらせばタンポポも咲いている。どちらも強かな在来種。これは異変ではなく温暖化への適応とみる。
 図書館のロビーでは、和船模型の展示中だった。能登半島は、かつて船による交易で栄えた土地だ。加賀平野で収穫された米は琵琶湖を経由して消費地である大阪へ運ばれていた。ところが瀬戸内の船主たちが日本海経由の航路をつかい、遠回りだが格安で荷運びをするようになる。すると北陸にもこの航路をつかう船主があらわれる。これらの船は北前船と呼ばれ、寄港地には豪商の館がならんだ。金沢市ならば金石や大野のあたり。来しなのバスの終着地だ。いまはその面影もなく、港へ向かうひろい道路に昼間は人影もまばらだった。
 図書館の建物のなかで、穴をのぞきこんでみた。船室の窓を模しているのだった。さらに、吹きぬけの回廊から見わたせば、海の泡が立ちのぼる景色となる。たくさんの窓からのうっすらとしたひかりにつつまれて書物がならんでいる。うらやましい読書室だ。「加賀は天下の書府」と称えた時代があることを思いだした。
 帰路も京都経由で。長旅なので、ふだんは買わないお弁当をもとめた。カキ飯とさざえのいしる煮など、海の幸がつめこまれたおいしい一折だった。


長野 まゆみ (ながの・まゆみ)
東京生まれ。
1988年『少年アリス』で第25回文藝賞受賞。2015年『冥途あり』で第43回泉鏡花文学賞、第68回野間文芸賞を受賞。
『天体議会』『テレヴィジョン・シティ』『猫道楽』他、2008年刊行の『改造版 少年アリス』など、自ら挿画を手がけている著書多数。『カルトローレ』『左近の桜』『咲くや、この花』『さくら、うるわし』『チマチマ記』『兄と弟、あるいは書物と燃える石』『銀河の通信所』など。現在も文芸各紙で活躍を続けている。
2016年から「やまなし文学賞」の選考委員。
長野まゆみの公式サイト  耳猫風信社 http://mimineko.co.jp/
公式Twitter 耳猫風信社 @mimineko_nagano

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問い合わせ先

文化スポーツ局 文化政策課
電話番号:076-220-2442
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