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金沢市

 
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現在位置:トップの中の観光情報の中の文学のまち金沢から金沢の文化的魅力発信④
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金沢の文化的魅力発信④

『雨の金沢、月曜日の美術館』  中島 京子

K.Nakajima2
中島 京子

「そんな、あんた、傘も持たんで」
 タクシーの運転手さんが、呆れた。
 晴天に気をよくして天気予報などすっかり忘れ、にしの茶屋街を散策していたら、ぽつりぽつりと降り出して、車を拾おうと大通りに出たところで、雨はザーッと音を立て始めた。
 慌ててトタン屋根のついた駐車場に駆け込んで流しのタクシーを待つが、なかなか来ない。雨脚は強まるばかりだ。ようやくつかまえた一台に乗り込んで、ハンカチで頭やら腕やらの雨を拭っていると、冒頭の言葉が出たのだった。
 数分も乗らないうちに小降りになってきて、運転手さん、こんどはのんびりした声で、
「さっき乗ったころが、いちばん降ってたんやないかなあ」
 と言った。そう言ううちにも晴れ間が出た。
「あ、晴れた」
「晴れません」
 きっぱり、運転手さんは否定する。
「またすぐ降る。それが、あんた、金沢やから、しかたがない。ずっと雨や」
 ずっと雨やと言われたので、目的地に行く前にホテルに戻って傘を借りることにする。
運転手さんに、金沢でうまいものは食べたのかと聞かれたので、
「食べました! 香箱!」
 即答すると、やおら嬉しそうになる。
「カニというと、北海道やと思うでしょう。北海道のは、こんな大きいのに、身がちょっとしか入っとらんことがある。香箱は小さいが、身が詰まっとってうまいですよ。2ヵ月だけやさけね。まあ、食べとったらええです。ブリは?」
「ブリ? ブリはまだ」
「食べんと」
「白エビの唐揚げ美味しかったです」
「白エビも食べんとね」
 ホテルの脇でちょっと待ってもらって、傘を借りてまたタクシーに乗り、予約したお鮨屋さんの名前を告げると、車はスッと走り出した。
「場所、わかりますか?」
 念のために聞くと、金沢のことなら何でも頭に入っていると請け合った後で、
「なーんて、違うとったりして。あそこやったと思うけどな」
 と、ボケをとって笑わせながら、お鮨屋さんの前で車を止めた。
 私がそこで寒ブリを食べたのは言うまでもない。
 近江町市場をひやかして歩くと、また、いくつものカニが私を誘惑してくる。金沢は季節ごとに美しい姿を見せてくれるし、季節ごとにおいしい食べ物も用意してくれるし、何より、オールシーズン楽しめる漆器や陶器やお菓子や加賀友禅などの魅力が溢れている街なのだから、いつ来てもいいし、いつでも来たいのだ。
 と思ってもつい、
「カニの季節にまた来よう」
 と考える。
 休みがいつ取れるかわからなかったので、行き当たりばったりの金沢行きを決めたのは、ほんの数日前のことだった。それで、メインの日程が月曜日になり、美術館はほぼ閉まっているから、この前来た時に入り損なった古本屋さんにでも行ってみようかと思いついた。
 せせらぎ通りの「オヨヨ書林」では、竹久夢二の日記を買った。二冊セットで二千円。夢二の晩年のヨーロッパ行きに関心があって、昔一度、ベルリン時代の夢二が出て来る小説を書いたことがあるのだが、あれをいつかもう少し、ちゃんとした長編にできないかなと、時々ぼんやりと考えることがあるので、旅先でこういう本に出会うと、ちょっとした縁を感じて、いつか書けるかもしれないと考えたりする。
 店にあったチラシを見ながら、そうか、ここではライブもやるのか、次に来るときはライブもいいなと思う。来るたび、何かやり残してしまうから、また来ようと思い立つ。
「金沢文圃閣」は、閉まっていることが多いと聞いたので、月曜日でもあることだし、あまり期待していなかったが、この日は運よく開いていて、その広さに心躍らせながら、ここではどんな「ご縁」があるのかと、棚を不用意に倒したりしないように気をつけて歩く。
 買いはしなかったけれど、見つけて嬉しくなったのは、一九八六年一二月の『主婦の友』で、なぜならそこには二十二歳の私の原稿が掲載されているからだ。大学四年生のときに、その小さな新刊本紹介記事の仕事を始め、卒業して日本語学校に勤めていたころも続けていた。私の物書きとしてのキャリアの、ほぼスタート地点の記事に、胸が少し温かくなる。こちらでは、絶版になっている古山高麗雄の短篇集を買う。二百円という、幸せになるお値段で。
 文圃閣からは犀川沿いの遊歩道を散歩して、室生犀星記念館を訪れた。金沢の、いくつもある文学館の中で、唯一訪れていなかった、この小さな記念館に行き、また、そこから、にしの茶屋街までぶらぶら歩く。いい天気だったのだ。そこまでは。
 時系列から言うと、ここで雨が降り、私はタクシーを拾ったのだった。
 帰りに、ホテルから金沢駅まで乗ったタクシーの運転手さんも、金沢は楽しかったかと話しかけてきた。
「21世紀美術館は行かれましたか?」
「何度か行ったことがあります。今回はほら、月曜で閉まってるし」
「あー、でも、入れますよ」
「え? 閉まってるのに?」
「無料で入れるエリアがありましてね。そこだけでも楽しいですよ。休館日だから人は少ないですしね」
 そうでしたか。
 次にまた、雨降りの月曜に金沢に行っても、やることはたくさんありそうだ。


中島 京子 (なかじま・きょうこ)
1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務を経て渡米。帰国後の2003年『FUTON』で小説家デビュー。10年『小さいおうち』で直木賞、14年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、15年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞、同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞、16年日本医療小説大賞を受賞した。他に『平成大家族』『パスティス』『眺望絶佳』『彼女に関する十二章』『ゴースト』等著書多数。

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問い合わせ先

文化スポーツ局 文化政策課
電話番号:076-220-2442
FAX番号:076-220-2069
bunshin@city.kanazawa.lg.jp

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