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金沢市

 
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能のmovie

'98.12.6 渡邊容之助
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加賀藩では、五代藩主前田綱紀のとき宝生流を取り入れ、概ね宝生流に統一され、以降隆盛をきわめました。
宝生流の能楽が特に加賀宝生とも呼称されたのは、加賀金沢に宝生流の能楽が江戸時代中期以降大いに隆盛をきわめて存続してきたからといわれています。
加賀宝生の名称が文献に記されるようになったのは、宝生流十五代宗家宝生友干(紫雪、文久三年金沢で没)が金沢に来てから以降で、また謡い方や所作の一部に加賀独特の特色があることは紫雪による流布の影響とも考えられています。
金沢の能楽は藩主を頂点とし、武家をはじめ、細工所の諸工人がシテ以外の三役を習得したという伝統に培われ、庶民間にも広布したものです。

 

「通小町」あらすじ
八瀬の里に住む僧の元に、毎日木の実を届ける里娘がいた。ある日僧が名を尋ねると、「小野とは言わじ」とだけ答えて去る。僧はこれはきっと小野小町の霊に違いないと考え、小町が住んでいた市原野に出向き、霊を弔った。
そこへ深草の少将の霊が現れ小町の成仏を妨げる。生前、「百夜通えば」という小町の言葉通り毎夜通い続けた少将は、九十九日目に思いを果たせぬまま死んでしまったのであった。僧に百夜通いの有様を見せてくれるよう頼まれた少将は、その様子を細かく再現して見せた後、成仏していった。

問い合わせ先

経済局 営業戦略部 観光政策課
電話番号:076-220-2194
FAX番号:076-260-7191
kankou@city.kanazawa.lg.jp

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