加賀八家屋敷跡

加賀八家とは

加賀八家は、加賀藩の行政組織における最高機関・年寄衆の職にあたった八つの門閥の、後世の通称です。五代藩主前田綱紀の職制改革によるもので、元禄3年(1690)に確立しました。本多家・長家・横山家・前田家(直之系)・前田家(長種系)・奥村家(宗家)・奥村家(支家)・村井家からなる八家は、いずれも一万石以上の禄高を世襲した大身の家臣でした。

加賀八家の藩末期の禄高

藩政期、大名(石高1万石以上の所領を幕府から禄として与えられた藩主)の格や禄すなわち武士の給与は単位を石(こく)とする土地の生産力で表しました。1石は大人1人が1年間に消費する米の量に相当しました。

 

八家名称 禄高
本多家 50,000石
長家 33,000石
横山家 30,000石
前田家(直之系) 11,000石
前田家(長種系) 18,000石
奥村家(宗家) 17,000石
奥村家(支家) 12,000石
村井家 16,569石

 

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