(国指定)西氏庭園
記念物:名勝
西氏庭園(にししていえん)
| 所在地 | 金沢市長町3丁目1番ほか |
|---|---|
| 国指定名勝 | 令和6年10月11日指定 |
| 指定面積 | 1143.61平方メートル |
西氏庭園は、金沢城下西方の武家地であった長町に所在する。大正5年(1916)頃、能登の出身である西孝太郎氏が庭に山水の作れるところとしてこの地を求め、奥行きと広がりをもつ主庭の築山泉水を実現させた。作庭は、植宗園の六代目、植村宗太郎氏の手による。
敷地はその東側を北東方に流れる大野庄用水に沿うように斜辺を成す台形状で、北西部に主庭を設け、南東部に主屋、その西側に土蔵、主屋北東部に接して直角に離れを配している。主屋の式台玄関は東に面して表構えには門を建てずにオカメザサの生け垣を設けるとともに金沢城下武家地伝統というべき見越しの松を添えた砂利敷きの平明な前庭とし、その北側に設けた簡素な潜り木戸の向こう、離れの東側には菜園などに利用する「背戸」と伝統的に呼ばれる内向きの空間が設けられている。大野庄用水沿いには土塀を築き、その他は板塀で敷地境界を成している。
主庭は、敷地北西隅に高さ2メートル余りの築山を設え、中央の池泉を抱くようにその両側にも続けて高まりを造成し、園路を巡らしている。池泉はコンクリートで造作の上、池岸に巨石を配して地割の骨格を成し、主屋居室と離れ座敷からの視線の先にそれぞれ入り江を設けている。池泉の水は、大野庄用水から背戸南端の溜桝に導水して、離れの下を通して園内に引き込み、さらに西側の入り江の奥へと送ってそこから流入させ、北側の入り江から背戸北端の溜桝を経由して用水へと還流する。主屋から臨む北側の入り江には山裾に大きな沢渡りの石を連ねて開けた水辺の景致をうかがわせ、土間庇を設けた離れから臨む西側の入り江には築山の袂に深い峡谷の風趣を演出し、その手前に斜めに渡した一枚岩の反橋の底面には時に陽の光が水面の移ろいを映してさらに印象深い。離れの正面の池岸に張り出して据えられた拝石、あるいは、園路を登って築山の上に立てば、池泉を巡る対照的な眺めを楽しむことができる。
主庭の意匠を特徴付ける庭石や石造物を、県内産のみならず、広く北陸、近畿、東海、瀬戸内などに数多く求めている点は、この庭園の趣向を理解する上で注目される。庭景の焦点を成す反橋は金沢に伝統的な石材の一つである戸室石の赤いものを用いているが、特に池岸の豪壮を強調する巨石の多くは敦賀石や三州石で、築山の園路沿いの野趣を黒ボク石で修飾し、離れの沓脱には鴨川石、鞍馬石、主屋の前には北木石の長い短冊を据え、さらに景石にはところどころに奇石が用いられるなど、蒐集の拘りをうかがわせる。また、主庭の立体的な地割を修飾する植栽は、石造層塔や反橋とともに池岸の巨石に添えられて主景を成す仕立てのクロマツや築山の外周部に背景を成すアカマツを植えるほかは、中低木を主体に庭景を整えている。特に敷地北端の築山に続く園路沿いなどにたくさん配植されたドウダンツツジや随所にあるカエデ類、山野草などが、間に配植された常緑広葉樹との対照を成して四季の彩りを豊かにしている。
このように、西氏庭園は、近世金沢城下の都市構造に由来する大野庄用水を取り込んで池泉を成し、武家地の伝統的な宅地の在り方に倣いながらも、新たな趣向と工夫を含む近代の優れた住宅庭園で、大正時代に造営された全体構成をよく保持しており、芸術上及び学術上の価値が高いことから、名勝に指定して保護するものである。
(出典:文化庁監修『月刊文化財』(通巻733号))
外観(手前に大野庄用水)
離れ前から(園地と反橋と池泉)
築山の麓から
西の入り江から反橋
見学について
個人住宅の庭園であり、通常は公開しておりません。
見学会等が開催される場合は、金沢市ホームページ等でお知らせいたします。
【※定員に達したため、申込受付を終了しました】令和7年11月8日(土曜日)、9日(日曜日)に、金沢・現代茶道具展「茶の時空間2025」において、西氏庭園を舞台とした展覧会を開催します。(事前申込必要(先着順))→詳細はこちら




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