金沢市内の先進木造事例2_ホテル
木造のホテル「Hotel らしく金沢」

周囲の景観に溶け込んでおり、何気なく歩いていては、2021年築の真新しいホテルだとは気づかないかもしれません。
部屋ごとに内装を変えた客室は全15室。
木造の快適な空間と
サステナブルな価値を提供する
金沢初の木造3階建てホテル。
2021年5月にオープンした「Hotel らしく金沢」は、金沢を代表する観光スポットであるひがし茶屋街のメインストリートから徒歩1分の好立地にあります。
「金沢初の木造3階ホテル」「伝統的建造物群保存地区である卯辰山麓地区初のホテル」「ZEB Ready認証取得」と話題に事欠かないホテルですが、天然木の下見板や格子を見せた外観は、町家や寺社が建ち並ぶ昔ながらのまちなみに自然に溶け込んでいます。
チャレンジングな木造ホテル建築プロジェクトは、施主である株式会社アリストの中森源一郎さんの林業への思いと、一級建築士の吉見聡さんの木造建築への探究心を両輪として進められました。
―金沢では新しいホテルが次々と誕生していますが、「らしく金沢」は、東山という立地の面でも、木造3階建てという構造の面でも注目を集めています。新築・開業を決めた経緯から教えてください。
株式会社アリストの中森源一郎さん
中森さん 当社グループは県内でホテル事業や不動産事業を行っています。東山という昔ながらのまちなみが残る地域でホテルを建てるなら、木造でやってみようという気持ちが一番にありました。
当社はもともと志賀町の会社で、昔から林業にも携わっています。しかし、どの地域でも同じかもしれませんが、林業が生業として成り立っていないのです。
日本では戦後に大規模な植林を行いましたが、その木が育って使えるようになるより先に、海外から安い木材が輸入されるようになりました。結果として、国産の木材が活用されず、多くの人工林が手入れされないまま放置されています。
そうした状況に一石を投じたいと、地元の木を使った木造ホテルを建てようと思ったんです。鋼材の価格が高騰していることから、コスト面でも国産材を使った木造建築にメリットがあるのではとの期待もありました。
吉見さんに相談する前に他社にも相談したのですが、耐火構造の問題と、大空間は難しいという理由で「木造ではできない」と言われたんです。
吉見さん 「木造でホテルはできないか」という相談が中森さんからあったのは、2018年の冬頃のことでした。詳しく聞くと、金沢市東山の敷地に最大限大きな建物を建てたいとのことでした。
ホテルや旅館といった宿泊施設の場合、3階建以上であれば耐火建築物としなければなりません。当時金沢ではそういった建築物はありませんでしたし、自分自身も経験やノウハウはありませんでした。
ただ木造でも大空間はできますし、全国的にみれば事例は少なくないことは知っていたので、「できるみたいですよ」と伝えたところ、それならやってみようと物事が具体的に動き出しました。
―宿泊客を迎え入れるホテルとしてはどういったコンセプトをお考えだったのですか?
中森さん 金沢らしさ、ひがし茶屋街らしさを感じてもらうということです。
ここは伝統的建造物群保存地区ですから、建築に関してはさまざまな制限があります。
金沢市と相談して進め、外壁に石川県産の杉板を張った、周囲の景観と調和する外観としました。そこから中に一歩踏み入れると、金沢の伝統工芸を取り入れた斬新なデザインの空間と近代的で快適な設備が待っています。
宿泊者の方にはこうした新旧のギャップも喜んでいただいています。
下見板張りと格子が美しい外観です。
天井にも繊細な組子細工をあしらい、木質化しています。
―今は市民生活と調和した観光のあり方が求められていますから、ひとつのモデルケースになりそうですね。 金沢では前例のない木造3階建てホテルということで、苦労されたことも多いかと思います。
有限会社吉見建築士事務所代表で
一級建築士の吉見聡さん
吉見さん 相談できる同業者がいないので、自分で勉強し、試行錯誤しながら進めました。金沢市とも何度もやりとりをしました。
従来、木造で耐火建築物を実現するためには、不燃材で木を覆う手法が一般的で、「木造なのに木は見えない」ということが少なくありません。
今回は耐火構造を実現するために国土交通大臣認定工法を使ったことで、中森さんがおっしゃったように外壁に下見板を使用できるようになりました
ホテルでは高い遮音性も求められますから、東京の住宅建材メーカーの試験施設を訪れ、遮音性能を確かめ、アドバイスをもらいました。予算内でできる限りのことをし、全くとは言えませんが、鉄骨造の建物に引けを取らない性能に仕上がったと思います。

特殊な工法ではなく、住宅で一般的に使われる在来軸組工法で建てています。

構造(柱、小屋束)にも石川県産のスギを使用しています。
―木造だからこそ実現できたこと、という視点ではいかがでしょうか。
加賀友禅の絵柄を転写したソファやドレッサーを置いています。
吉見さん 木材は金属やコンクリートに比較して熱伝導率が低く、夏は涼しく、冬は暖かい快適な室温が保たれます。鉄骨の建物は、冬場に暖房をつけているときなどは結露しやすく、骨組みが錆びつくこともあります。
これに対して木は調湿性があり、湿気をうまく逃がします。同じ条件で比較することはできませんが、長い目でみれば鉄骨造より長寿命な建物ができたと思いますし、維持管理に関しても有利になります。
中森さん らしく金沢は建物で消費する年間の一次エネルギーを60%削減し、「ZEB Ready」の認証も取得しています。それでいて暑さや寒さを防ぐ十分な断熱工事が施されているので、年間を通じて快適に過ごしてもらえます。
この冬も暖房いらずだったと聞いています。これは昔ながらの町家になはい、新しい木造建築ならではのメリットです。
県産材を使用した民間施設に対する助成制度を活用しています。
吉見さん 輸送やリサイクルの工程も含め、木材と鋼材のどちらが製造・加工のエネルギー消費が少ないのかは一概にはいえませんが、CO2を固定し続けるという点だけを見ても、木造建築のほうが環境面でメリットが大きいと思います。
木は植えてから50年はCO2をよく吸収しますが、それ以上になるとCO2の吸収量が減ります。人工林を伐ったところに若い木を植えることは、温暖化対策につながります。
中森さん 大きく育ちすぎた木は建材としては使えずチップにするしかありません。これはやはりもったいないですよ。
―金沢らしさ、ひがし茶屋街を伝え、快適な空間を用意し、さらにSDGsやサステナブルツーリズムの視点での価値も提供する。木造にしたことで、いろんな面で他の宿泊施設との差別化につながっていますね。 らしく金沢の経験を踏まえ、金沢での中大規模木造建築の伸びしろについてはどうお考えですか。
縁付金箔をあしらった組子細工が目を引くエントランス。
中森さん 林業者の立場からすれば、身近にたくさんある木をもっと活用してほしいと思っています。
伝建地区である東山に木造3階建てホテルという難しい建物が建ったのなら、他のどこにでも建てられるんじゃないかと思う方が増えて、地域の木を使った建物が増えたら嬉しいですね。
吉見さん 新しい木造建築材としてCLT(直交集成板)が注目されていますが、日本ではまだ価格が高いんです。価格が落ち着けば木造建築の需要の後押しになると思います。
また私自身、今回初めて木造耐火建築物を設計しましたが、手間はかかるものの技術的には難しいことはないと分かりました。技術者が増えることにも期待しています。
【建物情報】
施主:株式会社アリスト
建築地:金沢市東山1丁目
用途:ホテル
設計:有限会社吉見建築士事務所 吉見聡
施工:株式会社アシーズ
竣工:2021年2月
構造:地上3階(木造)