金沢城惣構跡
記念物 史跡
金沢城惣構跡 (かなざわじょうそうがまえあと)
所在地 | 金沢市広坂1丁目128番外 |
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市指定史跡 | 平成20年12月26日指定 平成29年6月29日、平成29年11月21日追加指定 |
惣構は、城を中心とした城下町を囲い込んだ堀(ほり)や、堀の城側に土を盛り上げて造った土居(どい)などの防御施設のことである。金沢城下町には、慶長4年(1599年)に造られた「内惣構」と慶長15年(1610年)に造られた「外惣構」が二重に巡っている。
造成時の堀は深いところで約5メートルもあったとされ、土居は堀底から最大9メートルの高さを測ったといわれている。明治時代以降、防御線としての機能が失われたため、大部分の土居は堀の埋土として使用されて消失した。堀部分は、かつてより幅が狭まって用水として使われている。
内外惣構は、金沢城から見て東西に分かれているため、それぞれ「東内惣構」・「西内惣構」・「東外惣構」・「西外惣構」と呼ばれ、その延長は約9キロメートルを測る。 西内惣構跡宮内橋詰(くないばしづめ)遺構は、堀と土居の関係が良好に残る数少ない地点である。かつては幅10メートルあったともいわれる堀は埋め立てられて現在堀幅は約4メートル、深さは約3メートルとなっているが、堀の城側には高さ約2メートルの土居が残っており、堀底からの高さは約5メートルを測る。400年前の築造当時の姿ではないが、往時の惣構を後世に語り継ぐ貴重な遺構である。