泉用水

延長
約2.8キロメートル
完成年
不明
成り立ち
開削の記録は宝永2年(1705年)までさかのぼるが、それ以前は不明の農業用水で、旧米丸村増泉、旧三馬村泉・西泉の田畑を潤していたと伝えられている。
現在
犀川下菊橋の下流左岸地点から取水している。室生犀星ゆかりの雨宝院周辺では、歴史を感じる水路ずい道坑門や護岸があり、にし茶屋街近くでは、一橋ごとにデザインの違う市道橋が架けられている。その後は、本流・支流とも細かく枝分かれして町なかを流れ、最後はほとんどが増泉川に流れ込んでいる。